「今日の作文は、将来の夢です！
　皆さん、なりたい職業や行きたい所などを自由に書きましょう！」

ーー今でも覚えている、四年生の国語の時間。
担任の先生がオレ達に言った言葉の意味が、よくわからなかった。

「せんせー、私、おんなだよ？」

「？　そうだね、佐奈ちゃんは足が速いからスポーツ選手かな？
　あ、でも勉強もできるから、社長さんとか、お医者さんなんかもアリだな！
　ああ、もちろん何処かへ行くとか住むとかも良いぞ。
　南極に行ってみたいとか、南の島に住みたいとかな！」

まだ『オレ』は『私』だった。
自分の生まれ育った村のことしか知らなかった。
お父さんや村の男達が、オレが学校に行くのを反対していた理由もわかっていなかった。

今はわかる。
女が職業につく、外へ出ていくーー雌が、その膣と胎と乳房を使わせないこと、生殖と性欲処理の機能を捧げない事、村に女の性を差し出さないという選択肢を、オレに与えたくなかったのだ。


オレの名前は水本佐奈。
オレの夢は、この村から出ていくことだ。

いやーー出ていくこと、だった。

あの日、村は無くなった。
あまりにも唐突に、あまりにも理不尽に。
オレの牢獄は沢山の死と崩壊と共に砕け散った。

爽快だとは思えなかった。
疎んじてはいてもこの村はオレの生まれ育った場所で、毎日のように顔を合わせていたオジさんや爺さん達も何人も何人も死んでしまってもう二度と合うことはなくて、顔も覚えていない母さんの墓だって、土砂の中に埋もれて消えてしまった。

だから目が覚めて村にいた時は、正直なところ少し嬉しかったのだ。

ーーそれも、死んだ人の形をした何かと話すまでだったが。

『なあ、オレが牛乳瓶砕いちゃったのとかさーー』『ああ、今晩は冷えるからのう、佐奈ちゃんも気をつけなさい』

それは、普通に会話ができるようでできなかった。
10分も話してみればどんどんズレていって、終いには同じ言葉を繰り返すだけ。
話せば話すほど、この人はもう死んでいて、コレは生きた人間じゃなくて、そしてオレは今そんな得体の知れないものに囲まれているんだってことがわかってしまってーーオレはどうすれば良いかすらわからなかった。

『大丈夫、ではないでしょうが。
　これからは心配する必要はありません。助けにきました』

『そんな物と会話する暇があるなら、会話ができる生者同士で話し合っていてください。
　あれはNPC、少々バリエーションの多い声が出るマネキンです。
　私が異界を消し去れば自然と霧散するので、気にする必要はありません』

だから、村に来た退魔師さんーーヨミさんは希望だった。
堂々とした態度は頼もしくて、つっけんどんな言い方も自信の表れのように感じられたから、みんなヨミさんの言うことには素直に従った。

それにーー

『退魔師の仕事？　おすすめしません。
　労働環境が劣悪で死傷率も高いことを考えれば、多少金銭がもらえようが適性があろうがなるべきではないですよ』
『別に、他にも仕事はあります。
　女性だろうがなれる職業はいくらでもありますし、然るべき準備をしてあれば大抵のことは可能です。
　貴女は若いのですから、今から努力して自らを高めれば尚更です。
　他人が何と言おうとも、貴女は自らの将来を自由に選択する権利があります』
『……ここから出たら、独立や学習の面で公的な支援を受ける方法ぐらいは教えます。
　霊障の類いで身寄りを失った被害者に然るべき社会保障を紹介する程度は退魔師の業務のうちですから……
　だから、退魔師なんて軽率に選ぶべき職業ではないと何度言ったらーー』

ヨミさんは優しかった。
本当にこちらのことを思ってくれていた。
優しくて、頼もしくて、オレはあんな風になりたいなと思ってーー

『ーーーーーーーっ！！！？！！！　〜〜っっ♡♡♡　！♡！♡！？　ウ”う“ウ”うううーーーーーーーーーーーーー！！！！！！！！！！』

だから、ヨミさんがあんな、あんな姿にーー
思い出せないけれど、それでもその衝撃を、恐怖をオレはよく覚えていて。

それで、オレはーー

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「で、あそこが果樹園の跡だな。
　今はなんも生えてねえけど、オレの母さんが生きてた頃はでっかい木が生えて沢山果物が取れてたんだってさ」

「な、るほど……　今は枯れてるみたいだけど、土地自体にだいぶ加工の跡が……」

今、オレはアラカさんとお兄さんを案内して村を歩き回っている。
こういう事件専門の探偵だと名乗るアラカさんと、その助手らしいお兄さんーーこの二人が犯人を見付けてくれるって言うなら、オレが協力を惜しむ理由はない。

それに、オレも狙われているかもしれないのはわかっている。
現状でーーいや、そもそもこの村でオレを守ってくれそうな人なんて、ヨミさんとこの二人しかいないんだ。

親父も甲斐爺さんも村長も、一見人当たりの良い葉月さんだって同じだ。
オレのことなんて都合良く扱える奴隷かなんかだと思ってやがる。
女だから、子供だからって言って、結局人間扱いしてないんだ。

だからーー絶対に、ここを出てやる。

「佐奈ちゃん？　どうかした？」

「ああ、ごめんごめん。
　えーと、そこがポンプ小屋だな。お兄さんは知ってるか」

この村には地図なんて気の利いたものはない。
ついでに言えばオレは絵が描けない。
どこに何があるのかを知りたいというアラカさんの要望に応えるには、実際に村を歩き回るしかないのだ。

しかしーー

「アラカさん、大丈夫？　顔色悪いけど……」
「大丈夫……　少し、立ちくらみしてるだけだから……」

さっき、甲斐爺さんに触れてからというもの明らかに様子がおかしい。
二人していきなりぶっ倒れるし、アラカさんはすぐに起きたと思ったらずっとフラフラしてる。
お兄さんはお兄さんでずっとアラカさんの方をチラチラ見ていて挙動不審だ。

それでも、アラカさんはどうしても今日中に村を一通り確認したいらしい。
どこに行ってもなにやら細かく調べては質問をしてくるし、お兄さんを呼んであれこれ相談したりしている。

肥料や農具の倉庫、家畜小屋、寄合場、田んぼ、ビニールハウス、麦畑、野菜畑、養殖池、貯水タンクにキノコ培地……
田舎の村らしいラインナップで嫌になる。
30階建てのビルやコンビニ、ゲームセンターやカフェが建ち並ぶらしい都会から来た二人に説明するのは、なんだか恥ずかしくすらある。

こんな状況でなければ案内なんて放り出していただろう。
とはいえ、あとは村人達……　ほとんどみんな死んでしまった、かつての家の位置とそこに住んでいた人の簡単なプロフィールぐらいだ。
こちらも手早く済ませてしまおう。

「この村、男の人ばっかりだったんだね？」

「ああ、女はオレぐらいだよ。
　……みんな出てったんじゃねーの。こんなとこ、さ」

お兄さんは不思議そうだがオレには納得だ。
こんなつまらない上に嫌な村、さっさと出ていったのだろう。
母さんだってオレを産んですぐに病気になんてならなければきっとそうしていたに違いない。

「なるほど……　倉庫、化学肥料が、あるのね……」
「っと、アラカ大丈夫？」

フラつくアラカさんをお兄さんが支える。
この二人、助手とか言ってたけどそれにしてもやたら距離が近い。
どう見てもお互いに昨日今日会ったという感じじゃないというか、有り体に行って恋人っぽい。

（……こっそりとチューとか、それよりすごい事してんのかな）

保健の授業で見たビデオよりもすごい事とかするってのは、オレだって少しは知っている。
……いやまあ、なんかこう、なんかすごいらしいってぐらいしか知らないけど。

「……ん、一通りは見れたわね。
　少し早いけれど、日が沈む前に屋敷に戻りましょう。　……少し体調も悪いし」


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「暫定だけど、甲斐さんが怪しいわ。
　明日の朝イチで拘束しましょう」

屋敷に戻ってからのアラカは迅速だった。
荷物から何枚かの紙と霧吹きを取り出して部屋の四隅を清めると、何度か深呼吸。

それだけでみるみると顔色が良くなっていき、トドメの一言がコレだ。

「い、いや、流石に乱暴じゃあ……」
「大丈夫よ、仮に犯人じゃなくても容疑者なのは変わりないし、拘束してからもう一度調べればハッキリするわ」

この結界内ではロジックが力を持つとは何だったのだろう。
強引を通り越して暴力の域の捜査方針は、控えめに言って探偵でなくてヤクザだろう。

「……別に、何の根拠もなく言ってるわけじゃないわ。
　キミもあの記憶が何か、想像はついてるでしょ？」

あの記憶ーーアラカが、壺とされて使われて使い潰されていくあの記憶は『あり得ない記憶』だ。
アラカは今ここにいるし手足だって無事だ。
でも同時に、あの記憶は妄想の類ではないということもこの右腕が理解している。
この右手は未来を見ることは出来ない。既に起きたこと、過ぎ去った過去を掘り起こす能力だ。

だとすればアレはーー

「あり得た過去ーー　甲斐さんが、体験する可能性があったIFの記憶ーー」

アラカの姿をした誰かの言葉。

「そんなところでしょうね。
　となると甲斐さんは犯人か、淫界の干渉を既に受けているかーーいずれにせよ、あの時点で既に向こう側の存在だったってこと。
　できるだけ早く取り押さえないといけない」

「な、なるほど……　でも、それなら朝まで待つのは？」

「夜は向こうの力が強まるのよ。
　悪霊が出てくるかもしれないし、それ以外にも村人の精神も多少おかしくなってる可能性がある。
　……というか、キミも夜中はこの屋敷から離れないでね？
　ここは結界を張っておいたけど、敷地外に出たら一時的に精神汚染されかねないから」

「……それって、めちゃくちゃヤバいんじゃ」
「ヤバいわ。だから早く解決しないといけない。
　この調子じゃ、２日もすれば村人達への精神汚染はーー」

「アラカさーん、お兄さーん、晩御飯の準備できたぜー。
　簡単なもんだけど良いか？」

……そういえば、もうそんな時間か。
というか、佐奈ちゃんは帰ってくるなりご飯の準備をしてくれていたってことか？

「あ、ありがとう！　というかゴメンね、用意させちゃって」
「私もご飯の準備とか完全に忘れてたわ……
　ありがとうね、佐奈ちゃん」

「ん？　オレが作るのは当たり前だろ？
　お兄さんはーー　……あ、いや、えっと、そうだな！　どういたしまして！！」

「……なるほど」

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晩御飯は牛肉の柚子味噌炙りと水菜の胡桃ダレサラダ、それからキノコの和物……

「佐奈ちゃん、料理上手なんだね……」
「そうかぁ？　こんな物しか作れねえけどオレ」

その様子は謙遜には見えない。
おそらく、彼女は本気でそう思っているし、この村での「普通」はたぶんそうなんだろう。

昼間に案内された村はーーおかしかった。
それは別に怪物がいるとかそういう話ではなくて、単純に『豊かすぎる』
野菜畑では夏の野菜と冬の野菜が全部一緒に栽培されていた、麦畑は同じ土壌で延々と同じ麦を育て続けているらしい、畜舎には牛も豚も鶏もいて、そしてそれらの作物の全てが異常なほどに実り豊かだ。

きっとそれは土砂崩れが起こる前からそうだ。
ずっと、この村は異常だった。

『ヤナハク様は五穀豊穣と畜産の恩恵と引き換えに贄を求める』

そして、あの社とそこに足繁く通っていたという甲斐さん。
やるべき事はわかってきた、ということだろう。


「そういえば作家さんだけど……　佐奈ちゃんは見たことないのよね？」

アラカが思い出したかのように言う。
確かに、いまだに顔を見ることすらできていない。

「え？　ああうん。
　村に来たって話は聞いてたけど、その日に土砂崩れが起きたんだ。
　村から出れなくなってからは、ヨミさん以外とは会いたくないって言って逃げ回ってるみたいなんだよ。
　いるはずの屋敷に訪ねても、ドア越しに『忙しいから帰ってくれ』って書いた紙が差し出されるか、いつの間にか他の空き家に勝手に移ってたりで……」

「あ、怪しすぎない……？」

ミステリ小説なら、ここまで怪しいと逆に怪しくないかもしれないってぐらい怪しい。
もしくはとっくに被害者になっているかだ。

「一応、村に来た時に村長は会ったらしいけど……
　……正直、オレはこの作家ってやつ疑ってんだけど」

「いえ、その作家は身元が割れてるの。
　本籍もあったし免許証も本名も確認できたし、知名度を考えたら顔を明かしたくないのもあり得ないとは言えないわ」

当然の疑念だが、アラカは即座に答える。
どうにも事前調査でほとんど白だと確信しているらしい。
しかしーー

「そんなに有名なの？」
「……記憶喪失でなければだれでも知ってるぐらいにはね。
　萬月柵原って言えばベストセラー作家よ」
「え、来てたのって萬月柵原！？　『孤高の女王』とか『白い嵐』の！？
　オレ推薦図書で読んだけど！？」

……全くわからない。
まあ、記憶喪失だから仕方がない……　とさせてもらおう。

「ま、他にも色々とあるんだけど……
　犯人の可能性はほぼ無いし、誰にも見つかってないなら心配もいらないわ」

「ん、片付けやるから座ってていいぜアラカさん？」

「流石にそれくらいはこっちでやるから気にしないで。
　明日は日が昇ったらすぐに動くから、早めに寝る準備をしましょう」

「え、ああ、うん。
　と、それじゃ早めにお風呂入ろっか。
　この屋敷、風呂は温泉だから気持ちいいぜ。
　露天しかねえから雨降ってるとしんどいけど」

温泉、露天風呂。
つまりーー

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『お兄さーん、はやくはやく！　一緒に入ろうぜ！』
『だーめ、まずは身体を洗ってから。
　ほら、キミもこっち来て。洗いっこ……しよ♡』

……正気に戻ろう。
というか、普通に今の状況で露天風呂って危険なのでは？

「うーん、お風呂は確かに危なそうね……
　何故かいつもより結界が弱いし、物理的な綻びでもあれば小さい悪霊は忍び込んでくるかも……
　とはいえ、朝駆けするならせめて佐奈ちゃんだけでも身体は清めておかないと呪詛で狙われるかもしれないし……」

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選択肢
「アラカと佐奈ちゃんが一緒に入ればいいのでは」
「3人一緒にお風呂に入れば」
「露天風呂の柵に切れ目があった気がする」

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「まあそうね、私がいれば多少の悪霊は問題なく祓えるし。
　念のため、キミはこっちの部屋でお香を焚いておいて。
　多少は結界が強くなるはずだから」

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「調べてみたら確かに切れ目があったわ……
　というか、あの柵は今ひとつ信頼できないわね。
　佐奈ちゃんにお風呂入ってもらっている間、私は柵の外に立って見張ってるわ」

「それ、大丈夫なの？
　柵の外ってことは結界の外じゃ……」

「私は退魔師よ？　多少の悪霊なら祓えば良いだけ。
　……それから、キミも念のため脱衣所の前に立っててね」

「わかった……  ん？」

